経済学に基づくドイツでの戦略的価格引き下げ方法論と規制に関する注意点

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Yuki Nagahori

Yahtec Japan代表 - 日本語・英語・ドイツ語のトリリンガル。日欧間のウェブマーケティング、経営企画、事業立ち上げ支援担当。

年越し大セール、ポイント5倍デー、70%OFFセールといった広告文句は一般消費者の心を躍らせます。逆に、消費税2%アップ、ガソリン代の高騰など、物価が上がることに関しては、悪い意味で驚くほど敏感な姿を見せます。

要は消費者がお金を使うかどうかを決める上で、価格というのは一番大きな要因と言っても過言ではないということです。本稿では、ドイツへ商品を売り込むことを想定し、どのような価格引き下げ戦略があるのか、そしてその際に注意すべき規制を紹介します。

経済学に基づく価格引き下げ戦略の種類

そもそも企業は営利目的で活動しているため、価格を上げて利益を最大化するという使命を抱えています。ですが、新しい市場を開拓するときは、すでに存在するローカルの競合からシェアを奪うために、エンドユーザーにとって魅力的なレベルまで価格を引き下げる、という本質とは真逆の行動に走らされるケースがあります。

とは言え、闇雲に価格を引き下げても利益率が下がるどころか、下手したら赤字経営となり、売れば売るほど損をする、そして将来値上げをしたくても、消費者の購買行動が気になりいつまでたっても値上げができない、という負のスパイラルに陥る可能性があります。

だからこそ、価格を引き下げる場合は、必ず経済学に基づいた戦略をもって実行しなければならないのです。では、その超重要な4種類の価格引き下げ戦略を深堀していきましょう。

  1. 略奪的ダンピング
  2. ロスリーダー
  3. フォワード・プライシング
  4. スイッチングコストを利用した顧客囲い込み

略奪的ダンピング

略奪的ダンピングとは、海外に進出するとき、一時的に価格を著しく下げて、文字通り市場を略奪しにいくという手法です。

例えば、本来日本で一台100万円する車を海外へ売り出したいとします。新たに開拓するエリアでは、ローカルの競合他社からシェアを奪い取るために、敢えて一台30万円で販売します。

そうすると最初は当然赤字となりますが、品質に対しての圧倒的なコストパフォーマンスを実現でき、ファンを獲得できるというわけです。そして目標の市場シェアを獲得した後、適正価格へ値段を引き上げ、損した分を回収しにかかります。

ただし、この略奪的ダンピングには規制がかかることがあるため注意が必要です。WTO(世界貿易機関)に所属する国は、国外の企業が略奪的ダンピングを講じてきた際は、「アンチダンピング」を発動して対抗することができます。

Antidumping

アンチダンピングとは、価格破壊を起こして市場を取りに来る海外の企業の製品に関税をかけて、国内メーカーの製品を守ることです。ドイツー日本間でアンチダンピングが発動させられたケースは多くありません。基本的には中国からの輸入品に対してがマジョリティーとなります。

ちなみに、ドイツの弁護士事務所によるとアンチダンピング関税の対象となる公式の製品リストは存在しないとされており、日本の企業が輸出をセーフティーに行うためには、個別で弁護士に相談する必要があります。

なお、同弁護士事務所は、参考にするのであればオーストリア連邦デジタル化・経済立地省のリストがベストだと紹介しています。同リストに目を通すと、ケイ素系電気鋼の製品が掲載されています。

ロスリーダー

ロスリーダーを簡潔に表すと、「目玉商品を作って客を呼ぶ」こと。一番身近な例では、スーパーが卵や牛乳などの必需品を特売品として売り出し、客引きすることです。こういった生活必需品の利益率度外視の格安セールは当然強い集客力を発揮しますし、お客さんは「せっかくスーパーに足を運んだのだから」と、特売品以外の商品も購入して帰宅します。スーパー側は、その “ついでに買われる商品” で利益を確保しているのです。

Loss Leader

ドイツでもこのような広告はそこらじゅうで目にします。ですから、自身が小売り業を営む際は、常にこの手法を選択肢に含めておくのが賢明です。ただし注意点として、このドイツ語で “Lockvogelangebot” と呼ばれるマーケティング手法は、ドイツ民法BGB第13条に違反しない範囲で実施されなければなりません。

具体的には、その広告の品は「十分な期間、客に提供できるように十分な在庫数を用意していなければならない」という規定です。これを見ると非常に曖昧な規定文ですが、実際その「十分な期間」は法律では明確に定められていません。

そのため問題が生じた場合は個々のケースを裁判所が判断する形になります。ただし、一般的に商品は広告した日から最低2~3日、場合によっては1週間は足りるくらい十分な在庫を用意していなければ、企業側が責任を問われることになると認識されています。 その他にも広告で虚偽を記載したり、誤解へ誘導するような文言を掲載すると罰則の対象になりえますので、少し攻めるロスリーダー戦略を実施したい方は、顧問弁護士に事前相談するのが得策でしょう。

フォワード・プライシング

フォワード・プライシングは、東京大学名誉教授 伊藤元重氏の著書「ビジネス・エコノミクス」で登場する言葉です。この言葉の意味は本書の中で次のように説明されています。

将来、コストがどんどん下がっていくことを想定したとき、あらかじめ価格を下げて、最初はコスト割れで売ること

東京大学名誉教授 伊藤元重氏

この戦略を実施する前提条件は、生産数が増えれば増えるほど、一製品あたりの生産コストが下がること。半導体やリチウムイオン電池の業界ではよく見られる手法です。フォワード・プライシングのカラクリは、生産ラインに一切無駄がない状態(常に稼働している)で生産し売り切ることが一つ、そしてもう一つは金型やマシーンの減価償却が終わると利益率が高まるということです。

フォワード・プライシング

この戦略は国内で行う分には特に問題ありませんが、やはり海外で市場を破壊するような安価で訴求する場合は、アンチダンピングの対象となり得ますので、注意が必要な戦略と言えます。

スイッチングコストを利用した顧客囲い込み

スイッチングコストとは、一度購入した製品のメーカーやプロバイダーを変える際に発生する手間とコストのことを言います。このような手間とコストは、メーカーを変える障壁となり、ユーザーが「面倒くさいから同じメーカーでいいや」という心理になるように仕向けています。

そもそも製品を売る企業側は、長期的に顧客を囲い込みたいと考えていて、それ故に生まれたのがこのスイッチングコストを利用した囲い込みです。入口となる最初の製品を安く提供しても、その後、長期的に自社製品を購入し続けてくれたり、そこから派生して他の自社製品を買ってくれれば、最終的には大きな利益になるという仕組みです。

分かりやすい例は、Appleの製品でしょう。iPhone, iPad, macbookなどが全て連動しているため、最初にAppleの製品を購入したら、他も全てAppleで固める人が増えていきます。また、使い方がWindowsと異なるのも有効な戦略で、macユーザーはいきなりメーカーを変えても使い方に慣れるまで時間がかかる、ないしは「よくわからない」と思わせ、スイッチの障壁を高くしているのです。

こういったスイッチングコストを上手く活用する事例は、ドイツでも散見されます。例えばドイツの通信事業者と言えば、Telekom、O2、Vodafonといった名前が挙がりますが、PYÜRという企業が徐々にシェアを拡大してきています。

そもそもPYÜRの強みは、高速WIFIとカスタマーサービスです。後者にフォーカスすると、営業マンが顧客一人ひとりとWhatsappを交換して常に連絡を取れるようにするという、大手が実現できないようなサービスを売りにしています。ですが、通信業界も当然スイッチングコストが障壁となりやすい産業です。

そこでPYÜRは、最初の半年間は通信料を無料にするというキャンペーンを打ち出して、スイッチの障壁を取っ払い、一気に市場のシェアを奪っていっています。これもスイッチングコストを上手く活用した顧客取り込み戦略でしょう。